溶存する

僕が普段感じたことや考えたことを、つたない日本語を駆使して必死に伝えようとするため、自分自身に残しておくために文章を書いています。

センター試験前のメンタル

こんばんは。

年末をみなさんどのようにお過ごしでしょうか?

僕はやることが一気に襲ってきて毎日ずっと寝てます、終わらないです。

 

 

いよいよ2016年も終わりに近づき、受験生にとっては僕のトラウマであるセンター試験が近づいてきましたね、頑張って下さい。

 

センター試験前の僕のメンタルがいろいろと今考えると面白かったのでそれについていろいろと書いてみようと思います。

浪人生活は常にメンタルはクソでしたが、それなりの成績だったので全国2000位くらいだった時は、頭も悪く勉強の苦手だった僕からしたらわーい^^って感じで、楽しくはないけどそれなりにそれなりだな・・・^^;って感じで生きてました。

 

 

しかし、センター試験が近づくにつれて去年度のことを思い出して幼児退化していきました。毎日人妻の母乳を吸い、ママ〜;;と街で駆け回る、完全に職質コースの人間ですね、怪しいセラピーだの勉強会だの宗教だのの勧誘も五万と受けてきました。どれにも行ってませんが。

 

センタープレはまぁ、普段よりは良くなかったですけれども、”まぁまぁ”な成績で一度は若干の落ち着きを取り戻したのですが(数学で9割切って吐きそうになったことだけ覚えてるあとなんかの科目で初めて満点を取ってた)、やはりメンタル弱者、四日経つともうどうしようもなくなってしまいました。毎日号泣し、暗記科目を音読して、ニコニコ動画でホモビデオをタグ検索して夜中に爆笑する。完全にヤバい人ですね。センター前日も一睡もできず、ママ〜;;ってお家で叫んでました。あの頃の録音やら録画やらが残ってないおかげで、僕はこうして今生きていられるわけですが・・・

 

まぁ、英語筆記でやらかしたり、数学でやらかしたりとなんだかハチャメチャな成績を取ってしまい、予備校の担任の先生から「これマジ?模試に比べて本番貧弱すぎんだろ・・・」と言われたり。なんだか全てがどうでもよくなっていました。

 

あとはなんかメンタルって外見に出るもんですね、同じ会場で受けていた知り合いに「あいつは本番中ずっとフードをかぶって受験していた」というでたらめを高校で流されてたのを大学受験後耳にして大爆笑しました。

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もちろん二次試験の勉強なんかもしていません、受けた大学の赤本一度も開きませんでした。

 

モンハンクロスがなんか12月くらいに出てましたよね?

それを買いに行ってハンターランクを上げてました。

 

 

モンスターハンタークロス  - 3DS

モンスターハンタークロス - 3DS

 

 

 

昼過ぎに起きて、川に行き、釣りしてるおっさんと会話して、ランニングしてる人々を横目で追いながら、飛び立つ鳥を見て「寒そ〜^^」とぼっそとつぶやき、近くにいる鳩を思っきし脅かしに行って一通り外で遊んだ後、お家に帰ってモンハンクロスをして、ニコニコ動画を見て、寝る。

 

 

 

ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっとそうして過ごしてました、どこも大学受からなかったらこうして一生暮らそうと考えてました。

 

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まぁそんな僕でも何個か大学受かりましたし、今もなんとか生きてられているので、この記事を読んでくれている大学受験生がいれば、僕を下に見て心の余裕にしてくれればなぁ・・・なんて、そんな奴はこんな記事見ないよなぁ・・・

 

 

 

モンハンダブルクロスが3月終盤に発売なので、僕と同じようなことは今年の受験生はできないんですね、かわいそう。ポケモンでもしてなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕はムーンです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁ、大学受験なんて本人以外からしたらただの人生の通過点でしかないので、あんまり気負いすぎず(難しいけど)、頑張ってくださいね。 

エネルギー

人にはやっぱりエネルギーがあって。それをどこに向けるかは人それぞれだけれど、有り余るエネルギーを上手いこと使えないかと日々考えていた。考えを実行に移してる段階なのだが、どうやら人はあるエネルギーに対して外部に向けたがらない人も多いらしい。内向的か外向的かという二項対立で済むような話ではなくて、根幹として自身が世界の一部か、世界が自分の一部かという当事者意識の差がそうさせてるんじゃないかとしみじみと感じた。

 

その前者後者に、自身の世界の広狭はあんまり関係がなさそうだし、自身についてどれだけ中心的になれるかが差なんじゃないかと人の話を聞いてて思った。後者に対しては僕も同じような人間であるし、余るエネルギーを外に向けることはわりと簡単にできつつあるが、前者に対しては非常に難儀している。彼らにとって、或る世界は自身の生の場所でしかなくて、生を包み込むようなスケール感を与えてくれるようなものじゃないのかもしれない。

 

わからない。受け入れ難いわけではない。ただわからない。理解不能とまではいかないが、僕は自分より世界が好きだ。この世界が好き。戦争があって、貧困があって、平和があって、既得権益があって、無駄がありすぎるこの世界が好き。余白的な世界を見つけるのも好きだし、詰め込まれた世界に一石を投じてみるのも楽しい。前者後者の間の違いがどこなのか、人生経験が薄くて僕にはわからない。

 

僕はより民衆的で、彼らはより貴族的なのだろうか?

 

 

 

 

わからんちんぽ

国内

夏休みを利用して5日ほど東北地方にいたのですが、そこで思ったことを書こう書こうと思っていました。悩みに悩んだ末に書けなくなってしまい、よーし書くぞ!と思い立ち今、書いています。

 

 

 

かからさらに3ヶ月経ちました^^;

 

生まれた時から都会と呼ばれるような地域に住んでいまして、地方、田舎という地にある程度の憧れを僕は持っていました。

 

田舎で生まれ育った人間の話を聞いてみると、彼らには都会に対する羨望があるようで、もう2度とあんな田舎で住みたくないという人もいます。都会に住む人間にはやはり、休暇は田舎で過ごしたいよなぁ!?と言ったことをつぶやく人も少なくないように思えます。

 

ここで明らかになってるのは、都会に住む人間には「住みたくはないけれど、田舎にはある種の憧れに近い念を持っている。」のに対して、田舎に住む人間には「都会に住みたい、都会すごい。」といった、抱く対象こそ対照的でありますが、抱く感情は別個のものとなってます。

 

田舎からしてみれば、都会に置き去りにされている、取り残されている(それは経済的にも、政治的にも)という考えが強いみたいで、戦後に都市に働きに出たり、列島改造論でなんやかんやされたりと(説明がめんどくさいので調べてください、ごめんなさい。時間があれば僕なりの解釈を書こうと思います。また今度。)経済主体から外された!という思いがやはりあるのでしょう。

 

 

 

さぁさて、平成に生まれ、失われたうん10年の後、オウムの事件、災害の訪れた後の時代に生まれ落ち、産んだ両親は憧れとしててできた都会に住み、その地で僕を生んだ。僕の田舎への想いをまずはつらつら書こうと思います。

 

 

 

 

先ほど、田舎は都会に置き去りにされたような感覚を抱いてると書きましたが、僕は逆に田舎に何か置いてきたままにしてしまったんじゃないかという気持ちがとても強いのであります。

その何かの正体こそ、僕の、延いては僕らの田舎への憧れの本質なんじゃないかと思います。

 

"その何か"とは、"伝統的なこの国のあり方"であると思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とまぁこれが過去。

今これを振り返る心の余裕というか、尺度も変わったし。書くのが難しい。とりあえず公開。年内にきちんとしたの書きます。じゃあな!

 

 

映画にわかの映画の話

シン・ゴジラを二回見ました。

映画の内容については、賛否両論にならないのも気味が悪いですが、僕個人は「とてもシンプルに楽しめる簡単なお話」として受け取らせていただきました。3.11や福一の事故の片鱗が至る所に見えたり、現代政治批判など、庵野監督の影響を受けたことが、エヴァやナディアを通してもなんとなく印象に残りました(政治に関してはわざとらしいとも思えましたが、やはり1番の影響は、震災でしょう。)。

 

さて、映画業界についての話をさせていただきます。映画にとても詳しいわけではないのですが、一小市民として昨今の映画業界について思っていることを書かせていただきます。

 

 

 

 

①「映画」ではなく「役者を撮る映像」が業界にあまりにも多い

 

言わずともわかると思いますが、アイドルのイメージビデオのような映画が多すぎます。人気俳優、人気女優は昔からいますが、芸能事務所による政治的キャスティングがとても多いです。そりゃ収入を得るためにも仕方ないとは思いますが、立派な映画監督にアイドルのイメージビデオのようなものを撮らせるのは、無駄な仕事のようにしか思えません。(めっちゃ怒られそう。)たしかに、彼らの容姿は美しいので、見ていて不快にはなりませんが、演技というのはとても難しく。容姿がいいという静的なものだけではどうにもならないと思います。振る舞いや雰囲気作り、そういった動的なものが求められてこそ映画だと思うのですけれど。資本主義と芸術はしばし対立しますね。

まぁ役者に詳しいわけでもないので大声でアイドルやめろとも言えないし、橋本環奈可愛すぎワロタなんで強く言えないのがとても悔しいです。

 

 

②オタク文化への擦り寄り。

 

 

まぁ言わずもがな。硬派な邦画減りすぎでは!?って感じです。

海外もまぁアメコミとかディズニーとかではしゃいでますけど、日本は"クールジャパン"な漫画原作の映画が多すぎると思います。そしてそれの大半が大ゴケしてますね!!!(ドラゴンボールは海外ですよ^^;)

進撃の巨人テラフォーマーズ、いやなんかまぁ他にもいろいろありますけど、原作ファンが付いていてある程度収入が予想される映画しか作らないんでしょうか。

 

銀魂なんて①と②の融合ですよ、神楽が橋本環奈って・・・原作キャラより可愛い顔してたらあかんやろ。

 

オタクってのは、クリエイター気質な奴も割といて、こういった形で世間から認められては、ルサンチマン的に出てくる名作もないのでは何かと悲しくなってしまいます。なので僕が映画監督になるしかないですね。

 

正直僕は「シン・ゴジラ」は好きですし、久々の映画だとも思いましたけど。個人的に名作にはなると思いません。僕の中での映画の名作は、「2001年宇宙の旅」やエヴァ旧劇といった、賛否両論がすごい映画なんです。賛否両論が入るといことは、監督の個人の人間性が滲み出てるからだと思います。一般受けする映画も僕は好きなんですけど、無茶苦茶やってる映画の方がよっぽど人間らしくて好きですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

色々言いましたけど

お金がなければなにもできないので

仕方ないとは思いますが

ちょっと寂しいです

シネコンに足を運び続けるお金もないので

またお金だぁ

 

 

政治の話が嫌いなのは

 

政治の話はできなければいけないと思うけど、あまり、積極的に話すような話題にしてはいけないと思う。

政治と宗教の話はするなと言うが、これはすごくいい言葉だと思う。最近なら家族構成もあんまり聞かないほうがいい気もするけど。

 

政治の話って、結局不満しか出てこなくて、代案を出せないし、実行できないんですね。超有名な知識人の人なんかも、なんで代案を出せと言うんだみたいな姿勢ですし、彼らにとって政治の話ってのは厭世を拗らせた様にしか僕には見えません。

 

もっとこう、楽しい話を僕はしたいですね。

する相手もいないんですけども。

 

政治以前に、僕らは生きている人なんだから、必死に生活する必要があって、そこで他に話したいこととか、それに必要な政治の話とかはあるけど、普段から政治の話を触れることはあんまりない。政治の話を普段からよくする人はそういう人を心底馬鹿にするし、しない人は苦手だな〜〜〜〜と思っている。

政治の話は理解できなくちゃいけないとは思うけど、積極的に嬉々として話すことではないと思いました。

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映画とか、音楽とか、食べ物とか、好きな本とか、そんな話を、僕はしてたいな。

左翼の話

日本社会の今後についてはまだまだ喋ろうと思ってるんですが、今ホットワードな✝️左翼✝️について書かせていただきます。

 

今インターネットに見られる左翼の人達って、社会主義者や共産主義者ではなく、ただただ急進的、革命的な政治改革を望んでいる人達のように僕は印象を受けます。

共産党員とかはもちろん別ですけど。

 

 

まず左翼に見られる幾つかのパターンについて。

①今の生活に困ってて、政治が悪い!とする人

②知識人に見られる現行政治への不満をあらわにする人

社会主義共産主義の信者

 

 

③については特に言いたいことはないです、共産主義は人間にはちょっと無理があると思うので。共産主義って自由主義より人間が自然を捨てているんです。自然界でいうと弱い敵との共存を推し量ろうとしています。理性的な人間にそのようなことが可能であって欲しいとは思うんですが、実際問題厳しいところがあると思います。歴史が教えてくれますね。

 

①についてはまぁ、資本主義とか進歩主義の行き着いた先というか、マルクスが予言していた人達ですね。一番正しい左翼だと思います。社会への不満を政治にぶつける、一番デモクラシーしてますよね!クーデター的に行うのはまったくデモクラシーでなく、国民の同意を得ることなく、総意でもないただの犯罪ですね。

自衛隊クーデター起こせとかガチで言ってる人は、うん、自分で国会に殴り込みに行って逮捕されてみたらいいと思います。

"一応"僕らは民主主義である日本で生活していて、政治参加もできるので、マイノリティが革新的な動きを出すのは非常によろしくないと思います。それでも、本当に仕事がなくなった時、人々は生きるために社会主義を選ぶ時が、もしかしたら、いつか、たぶん、おそらく、メイビー、来るのかもしれませんね。

 

 

②の人達なんですけど・・・

 

なんなの!!!!!

もうなんかこの魚と同じような視点で生きてる人が多くないですか?

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マジョリティとは違うぞと、今の政治は間違ってると。

 

 

じゃあお前が政治家になれや!!!

 

 

というとまぁ知識人層からはすごくバカなんじゃないか?政治家なんてアホしかやらないよみたいなレスを受けるんですけど。

あの、えっと、じゃあ、あなたたちは何を望んでいるんだ・・・

知識人と政治家の分野は分けるべきだとよく言われますけど、本当にそうなのでしょうか。

現代のことで僕が思うのは、政治家じゃない資本家や経営者は国外のことをよく見ていて、政治家は国内のことで必死、知識人層はどちらもって感じで、会社社会と化してるんだから三者でもう少し手を取り合ってもいいんじゃないかなと思うんですけど、どうなんでしょうね。

政治家って、ほんと大変ですよね、与える影響が半端じゃなくて。

 

 

 

 

政治っていうのは、エリートと大衆から成されるものだと思います。一部のエリートが政策立案能力やリーダーシップを活かして、大衆を導くべきだと。ルサンチマン的にエリート層に対してただ反発するだけの②の人達は、ほとんどなにも生産しませんよね。

 

でしかもあの手のタイプは生産しなくてもいい!いろんな生き方があれば!とか言うし!!!

わー!!!!理論武装しないでー!!

屁理屈にしか聞こえないよー!!

 

 

正しさは人の数だけあるから、政治って難しいですよね。功利主義的に行うのが、一番無難だと僕は思うんですけど。それでも不満な人達が、左翼というコミュニティに属することができて、彼らのアイデンティティの崩壊を防いでくれていると考えると、僕はなんだか救われた気持ちになりますけどね。

自然を、社会を、僕らは生に対してそれらをあまりにも当たり前として受け入れすぎている傾向があってそんなことを言えるのでしょうけど。

 

あまり文章がまとまりませんでしたね。

ようするに僕は、左翼の人達に対して賛成も反対もしないけど、あなた達がそれでアイデンティティを保てるなら是非続けて欲しいといっか感じです。

右翼が左翼を、左翼が右翼をお互いにどうしようもないバカだと思い込むより、彼らはそう考えているのかと考えて、弁証法的にできればいいんでしょうけど、人の数も多すぎるし、難しいですよね。浅学非才でよくわかりません、もう一度考えてみます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに僕は超スーパー左翼で世界征服を企んでいます。

今後の日本社会についての考察①

あらゆる社会問題の背景に存在するであろう、日本経済の縮小について。多くの若者、いや若者だけでなく大多数の日本人は今の生活水準の維持を夢見て、身を粉にしながら働き、ブラックバイトやらブラック企業やらの問題が、具体的な事象として露わになってきている。

僕はこの、異常にはたらく傾向に終止符を打つかのように、鬱病だのワープアだの様々な社会問題が発生しているような気もするが、どうやらそれらを根本解決する気はなく、いや皆今日1日をすごすために必死に生きていて、そんなことを考える余地もほとんどないのだろうか。

学生という身分で、さらにどうしようもなく時間のある僕は、その社会問題に真っ向から向かおうと色々考えてみた。

浅学非才であるため、現状説明はできても、掲示するビジョンがないため、根本解決にすらならない!などと怒られるかもしれないが、日々忙しく過ごす皆様のために、現状がどうなのかということを知ってもらいたいのだ。言われなくてもわかってる人もいると思うが、今一度「日本語」として明確な形で読むことは、頭の整理にも繋がると思うし、是非読んでほしい。

 

 

 

明治期以降、戦後の復興、高度成長、所得倍増、高度消費、バブルと右肩上がりで日本はずっとすすんできた。このことは、今なお現代の日本人を「成長」という強迫観念に縛り付けていると思う。

 

それで、ここでさらに僕が問題だと思ってるのは、そんなイケイケゴーゴーな時代を生き抜いてきた人たちが、今社会の上を占めていることです。この世代の人たちは、あまりにも未来に対する心配が無さ過ぎると思う。どんな問題だって、「でえじょうぶだ技術の進歩がなんとかしてくれる」とこんな風に無意識のうちに考えていそうなんです。そんなことないと言われたって、今になってようやく若者の選挙がどうのこうのと大声で喚き出し、少子化の中で国債を増やし続け、たくさんの問題をまるなげにしてるんです。

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言ってることは、孫悟空となんら変わらないです。問題を永遠に先延ばしにしてるんです。

そしてそれを先延ばしにしてる気なんて彼らにはきっとないんです、自分たちが一生懸命に頑張れば、未来がどうにかしてくれるだろうと、そういう意識が骨の髄まで沁みわたっているのです。

 

少子高齢、人口減の中、間違いなく日本が経済成長を成し遂げることなんてないんです。僕らに今必要なのは、その衰退をどれくらいゆっくりと行っていくか。急激な変化と成長を求めることは、僕にはもう自殺行為のようにしか思えません。

しかし、なかなか難しいです。衰退を快く受け入れてくれる人間なんていないからです。ですが、衰退してからでは、どうも遅すぎるような感じがします。成長を失い、目前の状況に多くの人が絶望し、厭世する様子なんて僕は見たくないです。

総理大臣という職業は大変ですね、「経済で結果を出す」とポスターにも書いていました。書かなければならないんです、衰退という事を彼らは認められないんです。自分たちの生活のために。

人類は今、衰退というワードをあまりにも、それも病的なまでに恐れているような感覚を僕は日々生きていて思います。衰退を受け入れて投げやりになるのではなく、受け入れつつもその中で僕らが未来世代のために何ができるかを考えなければならない時代にあると思います。

過去の世代の過ちを何故現代の我々が行わなければならないという若者もたくさん見ます。ですが、そうしないと彼らは現実に押しつぶされてしまうような気がします。

 

とても難しいです、僕だって衰退を受け入れたくないし、過去の大人が先延ばしにしてきた問題を振りかけられるのなんて最悪です。でも、そんな最悪を僕らの世代で終わらせることもできるかもしれない。世代間倫理をもっと政治経済に推し広めて、多くの人が理解することが、今後の日本、いや世界共通に必要な、人類の生き残る道だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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