溶存する

僕が普段感じたことや考えたことを、つたない日本語を駆使して必死に伝えようとするため、自分自身に残しておくために文章を書いています。

時代の揺れ

無秩序に文字をグミ撃ちするのは楽しいです。

 

こんばんは、わたしです。

 

 

 

ニヒリズムを日々感じるかと言われれば、私達はそうでないのだと思います。たしかに虚無感や、未来への不安はたしかに存在しますが、過去あったような命の危機を感じるようなレベルにまではないのだと思います。

戦前、戦時中はもちろんのこと、戦後も人々は核の脅威に恐れていたそうです。

僕達日本人は、世界の中でも特に平和ボケしていて、政治なんかに興味なくたって生きていける、日々のことで満足して生きていける。そんな風にできていますし、そんな風に生きてますし、そんな風に生きているのが幸福です。(政治への興味の有無は振れ幅があります。)

 

僕ら日本は、明るい未来なんてありませんし、どの先進国もわりとそうです。日本の場合、大きな理由は学力低下なんかよりも、人口減や少子老齢でしょう。天文学的な確率で何かが起これば別ですけれど。(例えばワープ航法が開発されて、スパイもすべて退けて日本だけが技術を独占し、日本人の多くがそのワープ航法に関する仕事に就くとかです、無理ですね。)

こういった衰退は確定的だと思います、しかし政治家にも僕らにも未来への希望、ビジョンがない。

何故なのか、それは僕らが進歩主義という時代に余りにも毒されているからです、成長は続くし、衰退を謳うことは、一種の禁忌のようになってる気がします。

経済成長を各国躍起になりすぎている気がします、時代は揺れ、成長は遠のき、世界の老化を僕らは受け入れなければいけない。

そんな時代の揺れを感じます。

 

ここからの時代の揺れの中、我々は働けなくなるのかもしれない。そうなると、僕らは非常に困るわけです。日本の憲法の中に、国民の三大義務として「納税」「勤労」「教育」があるわけで、もし我々が今後の世界の経済縮小から、「勤労」は消えないまでも、今のように金がそれなりに入ってきて、金こそがハッピーなんていう、国に定められた義務を守ってるだけでは、生きにくくなる、生への不安を感じてしまうのです。

 

僕がずっと労働に対する金銭に対して、執着していた理由は、国民として、国から定められた決められた通りの労働という道を守れば、それは不安からの逃走につながるからだと無意識のうちに思い込んでいたからだと思います。

 

時代の揺れの後、金銭という生のエネルギーが薄まり、なにか勤労に対しての価値体系そのものが変わってしまうと思います。

自由の時代の到来、それも新自由主義なんてものでなく、AIやなにかに仕事をとことん奪われ、自ら望んでそうなるのでなく、揺れた新しい世界に投げ出されてしまうような気がします。

たしかに歴史の中で今のような状況はたくさんありまく、ラッダイト運動もありました。

でも、浅学非才でうまく言えないのですが、経済成長するところが少なくなれば、現代への流れのようなものに戻るとは、到底思えないのです。

 

経済成長を見つけられないのは、君がバカだからだ。人口の増えてる国々に売りつけろ。

 

これは本当なのでしょうか、利権の無い僕らにそんなことができるのでしょうか。

 

 

たしかに僕は極端に考えすぎていると思いますし、杞憂だと言われればそれまでです。ただ、成長を夢見て生き続けるのは、どこか危ういところがあると思います。

 

 

 

 

時代の揺れの中、僕らは考えの基軸を欲しがるかもしれない。宗教でも、影響力のある何者かでも。僕は、実存主義を見返すのがいいと思います。今の世界は、人間の本質に労働が当てられすぎてると思います。

在り方を、未来を、本質を、無職でもなんでもいいから、決めて生きていくのが、僕にはいいと思います。

 

 

生き方を選んで、強く生きてください。

僕も頑張ります、応援してください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

追伸

今日はあんまりうまく文が書けませんでした。

必然な労働と、偶然な芸術を。

一回性の世界をもっと生きてたいですね。

いえい、友達募集中。