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溶存する

僕が普段感じたことや考えたことを、つたない日本語を駆使して必死に伝えようとするため、自分自身に残しておくために文章を書いています。

横文字への横槍

コンプライアンスだの、イノベーションだの、グローバル化だの、私たちは外国言葉の概念そのものを日本語にする作業をして完全にやめてしまっている。

societyを社会と訳し。

philosophyを哲学と訳し。

 

そう意味概念を言葉に宿らせるところに学があったのだと最近思う。

 

 

 

電車の中で、インターンをすると言っていた人のこと、している人のことを思い出し、何の気なしにインターン募集のページを見てみたのだが、全くもって意味不明なのである。横文字をふんだんに使っていてわけがわからない。

そもそも僕はインターンの意味すらよくわからない、無理やり日本語にするなら職業訓練かなにかなんだろう、大学と併用してやることなのか?と僕は疑問に思ってしまうが。

 

どこか僕らは、横文字を使うことで目に見えた問題を、文字に意識を移すことで、解決した気になったり、解決する糸口だけを放置しているような感覚があるんじゃないんだろうか。

 

この国は、いつもいつもイノベーションを訴えすぎている。まるで変化が善になるような盲信に捉えられているようだ。

 

変わらないことの大切さのが、僕にはたくさんあると思う。日々人間が感じている生きにくさや、鬱病の増加なんかは、変化への体からの赤信号と考えてもいいんじゃないだろうか。

 

 

あまりにも横文字に対して、順応しすぎている。いや、順応することがまるでビジネスに慣れているかのような錯覚を生み出している。専門用語は状況説明に相反する何かであって、組織の成長に繋がることはないと思う。

 

母国語からしか、イノベーション、改革は生まれないと思う。新たな概念を作ることが改革であって、そんなものは母国語以外から生まれるはずがない。概念の創造は真の権力そのものであり、価値としても最高のものを含んでいると思う。僕らはもう少し、日本語を大切にすべきだ。

 

 

 

 

 

なんとなく毎日更新頑張ってみようかなと思ってます。

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