溶存する

僕が普段感じたことや考えたことを、つたない日本語を駆使して必死に伝えようとするため、自分自身に残しておくために文章を書いています。

今後の日本社会についての考察①

あらゆる社会問題の背景に存在するであろう、日本経済の縮小について。多くの若者、いや若者だけでなく大多数の日本人は今の生活水準の維持を夢見て、身を粉にしながら働き、ブラックバイトやらブラック企業やらの問題が、具体的な事象として露わになってきている。

僕はこの、異常にはたらく傾向に終止符を打つかのように、鬱病だのワープアだの様々な社会問題が発生しているような気もするが、どうやらそれらを根本解決する気はなく、いや皆今日1日をすごすために必死に生きていて、そんなことを考える余地もほとんどないのだろうか。

学生という身分で、さらにどうしようもなく時間のある僕は、その社会問題に真っ向から向かおうと色々考えてみた。

浅学非才であるため、現状説明はできても、掲示するビジョンがないため、根本解決にすらならない!などと怒られるかもしれないが、日々忙しく過ごす皆様のために、現状がどうなのかということを知ってもらいたいのだ。言われなくてもわかってる人もいると思うが、今一度「日本語」として明確な形で読むことは、頭の整理にも繋がると思うし、是非読んでほしい。

 

 

 

明治期以降、戦後の復興、高度成長、所得倍増、高度消費、バブルと右肩上がりで日本はずっとすすんできた。このことは、今なお現代の日本人を「成長」という強迫観念に縛り付けていると思う。

 

それで、ここでさらに僕が問題だと思ってるのは、そんなイケイケゴーゴーな時代を生き抜いてきた人たちが、今社会の上を占めていることです。この世代の人たちは、あまりにも未来に対する心配が無さ過ぎると思う。どんな問題だって、「でえじょうぶだ技術の進歩がなんとかしてくれる」とこんな風に無意識のうちに考えていそうなんです。そんなことないと言われたって、今になってようやく若者の選挙がどうのこうのと大声で喚き出し、少子化の中で国債を増やし続け、たくさんの問題をまるなげにしてるんです。

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言ってることは、孫悟空となんら変わらないです。問題を永遠に先延ばしにしてるんです。

そしてそれを先延ばしにしてる気なんて彼らにはきっとないんです、自分たちが一生懸命に頑張れば、未来がどうにかしてくれるだろうと、そういう意識が骨の髄まで沁みわたっているのです。

 

少子高齢、人口減の中、間違いなく日本が経済成長を成し遂げることなんてないんです。僕らに今必要なのは、その衰退をどれくらいゆっくりと行っていくか。急激な変化と成長を求めることは、僕にはもう自殺行為のようにしか思えません。

しかし、なかなか難しいです。衰退を快く受け入れてくれる人間なんていないからです。ですが、衰退してからでは、どうも遅すぎるような感じがします。成長を失い、目前の状況に多くの人が絶望し、厭世する様子なんて僕は見たくないです。

総理大臣という職業は大変ですね、「経済で結果を出す」とポスターにも書いていました。書かなければならないんです、衰退という事を彼らは認められないんです。自分たちの生活のために。

人類は今、衰退というワードをあまりにも、それも病的なまでに恐れているような感覚を僕は日々生きていて思います。衰退を受け入れて投げやりになるのではなく、受け入れつつもその中で僕らが未来世代のために何ができるかを考えなければならない時代にあると思います。

過去の世代の過ちを何故現代の我々が行わなければならないという若者もたくさん見ます。ですが、そうしないと彼らは現実に押しつぶされてしまうような気がします。

 

とても難しいです、僕だって衰退を受け入れたくないし、過去の大人が先延ばしにしてきた問題を振りかけられるのなんて最悪です。でも、そんな最悪を僕らの世代で終わらせることもできるかもしれない。世代間倫理をもっと政治経済に推し広めて、多くの人が理解することが、今後の日本、いや世界共通に必要な、人類の生き残る道だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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