溶存する

僕が普段感じたことや考えたことを、つたない日本語を駆使して必死に伝えようとするため、自分自身に残しておくために文章を書いています。

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

今年もみなさんにとって、何か忘れられない出来事が起きますように。

 

 

2016年をボトル3本一人で飲んだ状態で自由気ままに書き連ねます。(頭痛が痛い)

 

 

北北西から吹いてきた風、それにのった匂いが鼻腔を叩いては若葉を思い出して、確かな時間の流れを刻々とわからされている次第でございます。過去の人が現在の僕を常に求めていたり、現在の人が未来の僕だけを求めていたり、僕自身時間軸のどこを基点に生きていればいいのかわからないような生活を強いられています。二項対立から抜け出そうとした矢先ですが、世界を共に見てきた眼球が、より少ない景色を眺めるようになってしまい、これはどうにかした方が良いかもしれません。軒先で寝転んだ果物のような主張を見つけるのは非常に難しいのですが、大量生産の価値を拾い続けるのは、僕にはどうも価値のないことのように感じてしまいます。空の色の境界が曖昧になってくる時間帯に、醒めた感覚でまた人と座ることから始めていこうと思います。世界がより一層平和になりますように。激動の時代なんて毎年のことですが、種族単位の未来を案じる時代になってしまいました。人知を超えているとは言いませんが、技術に倫理が対応しきれていないように思えます。古代のような知を愛する人は、経済の第一線にもはや存在しているかもわかりません。我々が目指すのは消耗的な価値だけで、磨き続けるようなそれは消費されるものとしてでしか扱われないのかもしれません。行動の端々にまでラベルを付けられてしまうのは、人間らしさに欠いた機械です。余分、無駄を取り入れることが全ての正解であり、問いかけた答えが無駄でイコールに繋がるように思えて仕方がありません。急進に休診を、求心的に行える誰かが、白馬に乗った王子様が、僕らの一番の必要かもしれませんね。

 

 

 

おやすみ